お盆の帰省が憂鬱なあなたへ。親の「結婚はまだ?」をサラリとかわす魔法と、母娘がラクになる『課題の分離』
梅雨明けのニュースはもうすぐでしょうか。
7月の声を聞く頃になると今年の夏休み、どうしようかな、夏休みを取れる人も取れない人も、お盆期間中はご家族で集まる機会も多くなることでしょう。
「お盆くらいは実家に帰らなくては」
「まとまった休みがあるときくらいは家族に会おうかな」
そんな気持ちも高まる時期、30歳前後の結婚適齢期だと「家族に会うことの楽しみ」と共に「またあの話かも」「詰め寄られたらどうしよう」とぼんやり嫌悪感を感じてしまうシーンですよね。
家族や両親を思う気持ちと結婚していない今の私を理解されないかもしれない、自分の中には確かに同居している二つの気持ち、その両方とも本当の気持ち。
ふんわりと同居させて軽やかな夏休みを過ごすための心の置きどころを確認してみてくださいね。
実は、私自身もかつては会社員として働きながら、必死に婚活を続けていた時期がありました。
毎日が全力疾走で、自分のことで精一杯。
そんな時に実家に帰ると、待っていたのは母からのガミガミとした「上から目線」の言葉でした。
当時は心がすり減って、本当に苦しかったです。
「よく私、折れなかったな」と今でも振り返るほどです。
あの時の私は必死すぎて気づけませんでしたが、今、客観的に親子の関係を見られるようになってハッと気づいたことがあります。
それは、現代の親世代(特にお母様側)の「自立」がいかに大切か、ということです。
帰省するたびに心がすり減る「結婚まだ?」の波攻撃
親や親類からの悪気のない(でもトゲのある)問いかけの意味
適齢期の娘をもつ親御様にとっていちばんの関心事は
「うちの娘は将来大丈夫なのか?」
「このまま独り身でいいのだろうか?」
これは時代が変わっても変わらない、我が子の将来の幸せを願う親の気持ちです。
娘さんの幸せを願うからこそ、普段は黙認していてもお顔が見えるとつい、口をついて出てしまうのですよね。
人格や毎日の社会人としての努力を否定しているのではありません。
「結婚はまだ?」「誰かいい人いないの?」はもはや挨拶と同じなのです。
しんどいと感じる感覚は至って普通です
お盆休みとなれば地元の友人知人も多く集まってきますからそれだけでなく、
友人からの「婚約・結婚・妊娠・出産」のハッピーな報告ラッシュがタイムラインに流れてくるたびに、
心がギュッと締め付けられてしんどいと感じるのはあなたが冷たいからではなく、人生を真剣に生きているからこそ。
また「本当は自分も同じものが欲しい」と本当の気持ちに気付かされる瞬間でもあるのです。
「私も欲しい、でも今は自分の手の中にない」
そこを実感してしまうから。
実録・私も母からガミガミ言われて気づいたこと
実は、今でこそこうして客観的にお話ししていますが、かつての私も全く同じでした。
会社員として毎日責任ある仕事をこなしながら、同時に自分の未来をかけた婚活を続ける日々。 本当に自分のことで必死で、心に余裕なんて1ミリもありませんでした。
そんなときに母から上から目線でガミガミと言われると、もう心がすり減ってポキッと折れそうになっていたのです。
「この前のあの人とはどうなの?」
「別の結婚相談所も考えようか?」
「仕事ばっかりして……。1歳でも若い方がいいのよ」
そんな具合に、実家に帰るたびに質問攻めが続きましたから。
『よく私、折れなかったな』と今でも振り返るほど、あの時の実家は決して居心地が良い場所ではありませんでした。
母親側の行き過ぎた執着の正体
当時の必死なトンネルを抜けて、歳を重ねた今だからこそ、あの時の母の姿を振り返ってハッと気づくことがあります。
それは、親世代、特に『お母さま側の自立』がいかに大切か、ということです。
あの頃、私の母は「娘を結婚させること=親としての子育ての成功(ゴール)」だと思い込んでいたようなのですよね。
無意識だったかもしれないけれど、「自分ではない別の人間(娘)をコントロールしようとしていた」のです。
婚活に限らず、人間は「誰かにコントロールされている」と感じたときに、強い嫌悪感を覚えます。
なぜなら、私たちはみんな「自分の人生は、自分で決めたい」から。

愛ゆえのガミガミ?親子それぞれが「課題の分離」
親にとって我が子は、自分以上に大切に思う存在です。
どんな時でも心の中に「安全に」「健康で」「元気で」いてほしいと願うもの。
なるべく危ない橋を渡らせたくない、安全な道をまっすぐに進んでいれば安心、と考えてしまうのは自然なことです。
しかし、親であっても、子供の人生を代わりに生きてあげることはできません。
また、子供がどんなに親想いでも、親の人生を代わりに生きてあげることはできないのです。
ご縁あって「親子」としての時を過ごしたけれど、お互いの人生は別々の道を進んでいます。
親自身の人生の課題と子供の結婚を混同していませんか
親がガミガミ言ってしまうのは実は我が子の結婚を心配することで
「自分の老後への不安」や「自分の人生の課題」を、子供の結婚というイベントで埋めようとしている側面もあるのではないかと気付かされます。
ここで、アドラー心理学でいう「課題の分離」の視点が生きてきます。
- 「子供が結婚するかどうかは、子供の課題」
- 「親が自分の人生をどう豊かに生きるかは、親の課題」
- 結婚してもしなくても、その後の人生をどう彩るかは子供自身が背負う課題です。
- そして、子の結婚に関わらず、親世代の老後の生活は必ずやってきます。
50代、60代の親世代へ。子供の心配よりも老後の準備を。
娘の結婚を心配している親世代も「今」はまだ50代や60代。
仕事もまだまだ現役だし、責任ある役職についていたり、部下の育成に真剣に取り組んでいるかもしれませんね。
「まだ動ける」
「退職したら何しようかな」
そんな体力と気力のあるうちに高齢になったときの生活のシミュレーション、心と身体の健康管理、趣味やご自身の生活を整えるためには最適なタイミングなのです。
娘は心配だけれどもう立派に社会に出て働いているのだから、自分たちの未来を良くすることを考えておこうと考えることは我が子の手が離れて自分もまだ動ける今がチャンスなのです。
あの時の私には言えなかった、今だから言えること
振り返ると、当時の私には心の余裕がまったくありませんでした。両親に老後の準備をおすすめすることなど思いもつかなかったし、親の方もそれを聞き入れる余裕はなかったと思います。
けれど、お互いの人生の幸せを願うからこそ、もし時間を巻き戻せるなら、こう自信を持って伝えられていたらな、と感じるのです。
「私は幸せな結婚をするから大丈夫。それよりも、まだ動ける今のうちに、これからの生活について二人で話し合って準備するといいよ」
「老いては子に従え」の時代はとうに過ぎ、「老いても自立していることが、自分の自信につながる」時代。
お互いがそれぞれの人生の主役として自立することこそが、
結果的に母娘が「ふんわりと心地よい距離感」を保ち、軽やかな夏休みを過ごすための最大の秘訣なのです。

